①近代民法の三大原則とその修正
民法第1条
1.私権は、公共の福祉に適合しなければならない。
2.権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
3.権利の濫用は、これを許さない。
〇近代民法の三大原則
1.所有権絶対の原則=所有権は国法にも優先する絶対不可侵の権利であるとする原則。
日本国憲法29条は、財産権を基本的人権のひとつとし、民法206条は,「所有者は,法令の制限内において,自由にその所有物の使用,収益及び処分をする権利を有する。」と規定する。
2.私的自治の原則(法律行為自由の原則、契約自由の原則)
=私人間の法律関係すなわち権利義務の関係を成立させることは、一切個人の自主的決定にまかせ、国家がこれに干渉してはならないとする原則。
この原則のコロラリーとして、法律行為自由の原則が導かれる。
※法律行為自由の原則=法律行為については、当事者の意図した通りに効力が発生するという原則。法律行為のうち、特に典型的で重要な契約に関する「契約自由の原則」が重要である。
※契約自由の原則=契約の締結・内容・方式を国家の干渉を受けず自由にすることが出来る。具体的には以下の4つを意味する。
・契約締結の自由
・相手方選択の自由
・契約内容の自由
・契約方法の自由
3.過失責任の原則=加害行為と損害の間に因果関係があったとしても、行為者に故意・過失がない場合には損害賠償の責任を負わない。刑法における責任主義とも関連する。
この近代民法の三大原則は、社会の進展に伴って生じた私人間の実質的な不平等を修正すべく、種々の立法により修正されてきた。「売買は賃貸借を破る」という古典的原則も幾多の特別法によって修正され、売買が賃貸借を破らない場合(借地借家法)も認められるようになった。
本条は個人の形式的な自由を制限することにより、各人の自由競争が実質的に行われ、社会の発展向上を実現しようとする思想を含むものである。
〇2項は、形式的な権利義務の背後に信義則があることを明文化したものである。
信義誠実の原則(しんぎせいじつのげんそく)=当該具体的事情のもとで、相互に相手方の信頼を裏切らないよう行動すべきであるという法原則をいう。信義則(しんぎそく)と略される。信義誠実の原則は、私法の領域、特に契約法の契約当事者間について発達した法原則であるが、社会的接触のある者の間の私法関係に、さらには、公法の分野においても、その適用は認められている。
信義誠実の原則から派生する代表的な原則として次の4つの原則が挙げられる。
※禁反言の法則(エストッペルの原則)=自己の行為に矛盾した態度をとることは許されない。
例えば、債務者が、債務について消滅時効が完成した後に債務の承認をした場合は、その後に時効消滅を主張することはできない、ということなど。
※クリーンハンズの原則=自ら法を尊重するものだけが、法の救済を受けるという原則で、自ら不法に関与した者には裁判所の救済を与えないという意味である。具体的条文への表れとしては、民法130条(条件成就の妨害)、民法708条(不法原因給付)がある。
※事情変更の原則=契約時の社会的事情や契約の基礎のなった事情に、その後、著しい変化があり、契約の内容を維持し強制することが不当となった場合は、それに応じて変更されなければならない。具体的条文への表れとしては、借地借家法32条(借賃増減請求権)がある。
※権利失効の原則=権利者が信義に反して権利を長い間行使しないでいると、権利の行使が阻止されるという原則。この原則により、消滅時効、除斥期間よりも前に権利が行使できなくなる場合がある。
〇3項は、外見上正当な権利行使のように見えても、それが反社会的な場合には権利行使として是認されないことを規定する。一般に、権利濫用の禁止と呼ばれている。
権利の濫用=外観上は正当な権利の行使のように見えるものの、実際には権利の行使として社会的に認められる限度を超えたもの。
本来権利の行使は自由だが、権利濫用の禁止ではそれに反して権利者の権利行使を禁ずるものであり、それはどのような場合であるかが重要になる。
権利濫用であるかどうかは、客観的要因と主観的要因を総合して判断される(大判昭和10年10月5日。宇奈月温泉事件)。
客観的要因とは、権利行使によって得られる利益や権利行使によって害される他者の利益のことであり、主観的要因とは権利行使者がどのような意図で当該権利を行使したかとされている。また、判断に際して公共の利益も考慮される。
権利の行使が濫用とされ、またその行為が不法行為を構成する場合には、損害賠償請求も認められる。
なお、ある権利の行使が権利濫用であると認められると、当該権利行使は禁じられることになるが、禁止されるのはあくまで当該行使であり、権利それ自体を失うわけではない。