(1)意義
不法行為は、事務管理や不当利得と同じく、法律の規定により発生する法定債権として位置付けられている。
不法行為責任は、契約責任のように特定の法律関係にある者の間にのみ生じるものではなく、特定の法律関係にない者の間においても一定の要件の下に生じうることに特徴がある。
不法行為制度は、加害者の処罰、被害者の満足、損害の填補、社会秩序の回復、反社会的行為の防止といった機能を有するとされる。
(2)過失責任の原則
市民社会の成立とともに不法行為の成立要件についても厳格に解されるようになり、不法行為の成立には行為者に対する非難可能性として過失が必要であると解されるようになり、それは資本主義勃興期において個人の自由な活動を保障する機能を果たしたとされる。
しかし、産業革命を経て、巨大な資本の下に、社会生活は複雑化の度合を深め、民法典の解釈としても不法行為要件の緩和が図られてきた。
(3)不法行為の成立要件
①加害者の故意・過失
②権利侵害
③損害の発生
④侵害行為と損害発生との間の因果関係
⑤加害者の責任能力
⑥違法性
以上のうち1から4についてはそれらが「ある」ことを立証する責任が原告(被害者)側にあり、5と6についてはそれらが「ない」ことを立証する責任が被告(加害者)側にある(被告側の抗弁事由)。
(4)故意・過失
①意義
故意とは結果発生を認識し容認していること、過失とは結果発生を認識すべきであったにもかかわらず認識しなかったことである。
②過失の判断基準
過失の有無については当該状況下で通常なすべき注意の内容を検討し判断されることになる。
過失の判断においては、
1.侵害される利益の重要性、
2.結果発生の蓋然性と、
3.行為義務を課すことによって犠牲となる利益を比較して、1と2の方が大きいとされる場合には「過失あり」とするような定形化の試み(ハンドの定式)も見られるが、過失について統一的な基準を示すことは容易でない。
③権利侵害(違法性)
違法性の概念
「権利」の意味を巡る論争は桃中軒雲右衛門事件に始まる。これは有名な浪曲師であった雲右衛門の浪花節をレコード化したが、別の業者が勝手にレコードを複製販売したことに対して損害賠償を求めた事件である。このときに大審院は浪花節は著作権法上の著作権で無ければそれが侵害されたとしても不法行為による損害賠償請求をすることができないと判示した(大3.7.4)。そこでは709条にいう「権利」とは法律上の権利であると考えられていた。
この判断は後の大学湯事件で変更される。この事件は「大学湯」というのれん(老舗ともいう)に対する侵害について不法行為責任を追及したものである。原審は「のれん」が法律上の権利ではないという理由で不法行為の成立を否定したが、大審院は709条の「権利」とは不法行為による救済を与えるべき利益のことであるとして「権利」を広く解釈した(大14.11.28)。
以上のように判例・学説では法律上の権利か否かを問わず法律上保護すべき利益に対する侵害があれば不法行為が成立すると解されるようになった。
④損害の発生
不法行為責任は損害賠償責任を内容とするものである以上、不法行為が成立するには損害の発生が要件となる。損害の発生については原告側に立証責任がある。
⑤因果関係
不法行為は行為者に対して損害に対する責任を課すものであるから、発生した損害と加害者の行為との間に因果関係が存在することが必須の要件となる。被告の行為と損害の発生との因果関係については原告側に立証責任がある。
「あれなければこれなし」という関係(事実的因果関係)だけでは際限なく関連性が認められる場合もある。これを防ぐために適切と思われる範囲で制限するため、社会通念上、その行為がなければその損害が生じなかったことが認められ、かつ、そのような行為があれば通常そのような損害が生じるであろうと認められるような関係、つまり、相当因果関係(不法行為)という概念が用いられる。
⑥責任能力
不法行為が成立するためには行為者に責任能力がなければならない(712条・713条参照)。責任能力は被告側の抗弁事由である(被告側に立証責任がある)。
責任無能力者が責任を負わない場合には監督義務者の責任が問題となる(714条)。
〇未成年者
未成年者は他人に損害を加えた場合において、自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を備えていなかったときは、その行為について賠償の責任を負わない(712条)。
〇精神上の障害により責任能力を欠く状態にある者
精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない。ただし、故意または過失によって一時的にその状態を招いたときは損害賠償責任を負わなければならない(713条)。
⑦監督義務者の責任
未成年者や精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う(714条1項本文)。ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、またはその義務を怠らなくても損害が生じたであろう場合には責任を免れる(714条1項但書)。したがって、この責任の性質は中間責任である。
なお、監督義務者に代わって責任無能力者を監督する者も監督義務者と同様の責任を負う(714条2項)。
⑧違法性阻却事由
違法性阻却事由が存在する場合には不法行為は成立しない。違法性阻却事由には正当防衛や緊急避難などがあるが、それぞれ刑法上の正当防衛や緊急避難とは要件などが異なるので注意を要する。なお、違法性阻却事由として構成せずに責任能力と併せて不法行為の成立阻却事由として構成する学説もある。
ア 正当防衛
民法上の正当防衛とは、他人の不法行為に対して自己や第三者の権利あるいは法律上保護される利益を防衛するため、やむを得ず加害行為をしてしまうことであり、この場合には不法行為による損害賠償の責任を免れる。ただし、この規定は被害者から不法行為者に対して損害賠償を請求することを妨げるものではない(720条1項)。
イ 緊急避難
民法上の緊急避難とは、他人の物から生じた急迫の危難を避けるためその物を損傷してしまうことであり、正当防衛の場合と同じく不法行為による損害賠償の責任を免れる(720条2項)。
ウ 正当行為
正当な業務による行為は不法行為とならないとされ(通説)、現行犯逮捕(刑事訴訟法213条)、争議行為(労働組合法8条)、親権者による相当な範囲内での懲戒権の行使(822条)、医療行為、スポーツの競技中における相対するプレーヤー間での行為などである。
エ 被害者の承諾
被害者の承諾がある場合には原則として不法行為は成立しないが、社会的妥当性がなく公序良俗に反する場合には不法行為が成立する(通説)。
オ 自力救済
自力救済は例外的に違法性が阻却される。
(5)不法行為の効果
一般不法行為も特殊不法行為もその効果は原則として損害賠償である。
①金銭賠償の原則
損害賠償は、別段の意思表示がなければ金銭賠償が原則である(金銭賠償の原則、722条1項・417条)。原状回復などの特定的救済は名誉毀損の場合(723条)などに例外的に認められる。
損害の賠償には財産的損害に対する賠償と精神的損害に対する賠償(慰謝料)があり、前者には積極的損害(積極損害)と消極的損害(消極損害、逸失利益)がある。ただし、厳密には民法は精神的損害に限らず広く非財産的損害に対する賠償を認めており(711条)、法人のように精神的損害を観念できない場合にも名誉や信用に対する損害の発生があれば損害賠償が認められる(最判昭39.1.28)。
②損害賠償請求権者
自然人・法人
自然人・法人は当然に損害賠償請求権者となる。
権利能力なき社団・財団
権利能力なき社団・財団も損害賠償請求権者となる(民事訴訟法29条)。
胎児
胎児にも損害賠償請求権が認められている(721条)。
近親者に対する損害の賠償(711条)
③損害賠償の範囲
416条の規定は不法行為にも類推適用される。
ア 積極的損害
積極的損害とは積極的な形で現実に支出された費用を指し、入院費・治療費・付添費・見舞費用・墓碑建設費・仏壇購入費・弁護士費用・立替費用などが相当とみられる範囲内において積極的損害にあたる。
イ 消極的損害
消極的損害は不法行為がなければ得られたであろう利益であり、得べかりし利益あるいは失われた利益という意味で逸失利益とも呼ばれる。
ウ 慰謝料
慰謝料は生命・身体・自由・名誉など精神的損害に対する賠償である。
④損害賠償額の調整
ア 損益相殺
不法行為によって被害者が一定の利益を得た場合(保険金等)には損害賠償額は減額調整される。
イ 過失相殺
不法行為の発生において被害者側にも過失が認められる場合にも損害賠償額は減額調整される。
ただし、債務不履行責任においては、裁判所は、これを必ず認容額の計算に反映させなければならないとされているのに対し(418条)、不法行為責任においては被害者側に過失が認められる場合であっても、裁判所はそれを賠償額の計算に反映させず損害額全額を認容することができる(722条2項)。これは、不法行為責任においては、被害者救済の見地から、裁判所により広い裁量を認める趣旨の規定であって、債務不履行責任との大きな違いのひとつといえる。過失相殺を行うには、未成年者の場合、責任能力がなくとも事理弁識能力が備わっていれば足りる。
ウ 損害賠償請求権の行使期間
時効期間
不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する(724条)。
被害者またはその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないとき(1号)
加害者を知った時については「加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに、その可能な程度にこれを知った時」を意味すると解されている。
人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効期間は、損害及び加害者を知った時(権利を行使することができることを知った時)から5年である(民法724条の2)。
不法行為の時から20年を経過したとき(2号)
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責任期間 |
債務不履行 |
・履行期から10年(人身傷害の場合は20年) |
・賠償請求権の発生を認識した時から5年 |
※いずれか早い方の経過によって時効完成(以下同じ) |
不法行為責任 |
・行為時から20年 |
・損害賠償義務者を知った時から3年(人身傷害の場合は5年) |