労働者災害補償保険法 > §2 災害の認定について

【業務災害と通勤災害】

「労災保険給付」は、労災の原因・事由により、大きく①「業務災害」に関する保険給付と、②「通勤災害」に関する保険給付とに分けられる。
 労災保険給付による補償を受けられるのは、労働基準監督署長が業務災害または通勤災害であると認定した場合である。
① 業務災害
 「業務災害」とは、業務上の事由による労働者の負傷、疾病または死亡(「傷病等」)である(労働災害補償保険法 7 条 1 項 1 号)。
 「業務上」とは、業務が原因となったこと、すなわち、業務と傷病等との間に相当因果関係があることである。
② 通勤災害
 「通勤災害」とは、通勤によって労働者が被った傷病等である。

【「業務上」の負傷・死亡といえるかの判断】

 労働者が業務との関連で発生した事故によって負傷・死亡した場合に、「業務上」の負傷・死亡といえるかの判断は、(1)「業務遂行性」の有無を判断し、業務遂行性が認められる場合に、(2)「業務起因性」の有無を判断するという方法で行われる。
(1)業務遂行性
 「業務遂行性」とは、労働者が労働契約に基づいた事業主の支配下にある状態において発生した事故による負傷・死亡であることである。
○業務遂行性が認められる場合
 負傷・死亡に業務遂行性が認められる場合として、次の 3つが挙げられている。
① 事業主の支配・管理下で業務に従事している場合
 所定労働時間内や残業時間内に事業場施設内において業務に従事している場合である。
 なお、トイレ、飲水などの生理的行為中も、事業主の支配下で業務に付随するとして業務遂行性が認められるとされている。
② 事業主の支配・管理下にあるが業務に従事していない場合
 昼休みや就業時間前後に事業場施設内にいて、業務に従事していない場合である。この場合は、出勤して事業場施設内にいる限り、業務遂行性が認められる。
③ 事業主の支配下にあるが、管理下を離れて業務に従事している場合
 出張や社用での外出などにより、事業場施設外で事業主の管理下を離れているものの、事業主の命令を受けて業務に従事している場合である。この場合は、移動中、宿泊中を含めて全般的に業務遂行性が認められる。
○業務遂行性が認められない場合
 ①、②、③に照らし、業務遂行性が認められない災害(負傷・死亡)とは、通勤途上の災害や、事業場外での任意的な従業員親睦活動中の災害、私的生活中の災害ということになる。業務遂行性を否定した下級審裁判例には、次のものがある。
・社外の忘年会(出席は強制されていない)に参加中の災害
・出張先の現場での同僚の送別会に出席し、飲酒して宿舎に帰った後の近くの川での溺死
(2)業務起因性
「業務起因性」とは、業務遂行性が認められる場合に、業務と負傷・死亡(災害)との間に一定の因果関係があることである。
○業務起因性が認められない場合
 業務遂行性が認められる場合①、②、③の別により、業務起因性が否定される場合には違いがある。
① 事業主の支配・管理下で業務に従事している場合
 この場合は、原則として業務起因性も認められる。
 しかし、次の場合には、業務起因性は否定される。
・就業中に私的行為を行い、または業務を逸脱する恣意的行為や規律違反行為をしていて災害が発生した場合
 大工がけんかして負傷した場合に業務起因性を否定した下級審裁判例がある。酒に酔って作業して負傷した場合も業務起因性を否定するのが一般である。
・天災地変によって被災した場合
 ただし、事業場の立地条件や作業条件・作業環境などにより、天災地変により災害を被りやすい事情がある場合は業務起因性が認められるから、阪神大震災や東日本大震災に際して発生した災害の多くが「業務上」と認定されている。
・外部の力によって被災した場合
 自動車が飛び込んできた場合や外部の者が飛び込んできて暴行を受けた場合などが考えられるが、天災地変と同様に、災害を被りやすい事情がある場合(隣接する工場が爆発
した等)は、業務起因性が認められる。
② 事業主の支配・管理下にあるが業務に従事していない場合
 この場合は、業務には従事していないことから業務起因性が否定されることが多いが、次の場合には業務起因性が認められるとされている。
・生理的行為や歩行・移動行為中の災害
・事業場の施設・設備や管理状況などが原因で発生した災害
③ 事業主の支配下にあるが、管理下を離れて業務に従事している場合
 この場合は、危険にさらされる範囲が広いので、積極的な私的行為を行うなど特段の事情がない限り、業務起因性が認められるとされている。
・出張先のホテルで就寝中に死亡した場合は業務起因性が認められる。
・出張先の宿泊施設で酔って階段から転落して死亡した場合にも業務起因性が認められるとされている。

【「業務上」の疾病の範囲】

 業務上の疾病は、災害性疾病(事故による疾病)と職業性疾病(長期的に有害作業に携わったことが原因で生じる疾病)とに分けられる。職業性疾病は、個々の事例について業務と疾病との因果関係を立証することが困難であることが比較的多い。
 そこで、労働基準法において、「業務上の疾病の範囲は、厚生労働省令で定める」とされていることを受けて、この「業務上の疾病の範囲」は、労働基準法施行規則(厚生労働省令)35条により、別表1の2に掲げる疾病とされ、労働基準法施行規則別表1の2において具体的に例示列挙している。そして、業務との因果関係を推定し、反証がない限り業務災害として取り扱う。
(労働基準法施行規則別表1の2(抜粋))
① 業務上の負傷に起因する疾病
② 物理的因子による次に掲げる疾病
・紫外線にさらされる業務による前眼部疾患又は皮膚疾患
・赤外線にさらされる業務による網膜火傷、白内障等の眼疾患又は皮膚疾患
・高圧室内作業又は潜水作業に係る業務による潜函病又は潜水病
③ 身体に過度の負担のかかる作業態様に起因する次に掲げる疾病
・重激な業務による筋肉、腱、骨若しくは関節の疾患又は内臓脱
・電子計算機への入力を反復して行う業務その他上肢しに過度の負担のかかる業務による後頭部、頸部、肩甲帯、上腕、前腕又は手指の運動器障害
④ 化学物質等による次に掲げる疾病
・すす、鉱物油、うるし、テレビン油、タール、セメント、アミン系の樹脂硬化剤等にさらされる業務による皮膚疾患
・蛋たん白分解酵素にさらされる業務による皮膚炎、結膜炎又は鼻炎、気管支喘息等の呼吸器疾患
⑤ 粉じんを飛散する場所における業務によるじん肺症又はじん肺法に規定するじん肺と合併したじん肺法施行規則第一条各号に掲げる疾病
⑥ 細菌、ウイルス等の病原体による次に掲げる疾病
・患者の診療若しくは看護の業務、介護の業務又は研究その他の目的で病原体を取り扱う業務による伝染性疾患
・動物若しくはその死体、獣毛、革その他動物性の物又はぼろ等の古物を取り扱う業務によるブルセラ症、炭疽病等の伝染性疾患
⑦ がん原性物質若しくはがん原性因子又はがん原性工程における業務による次に掲げる疾病
・ベンジジンにさらされる業務による尿路系腫瘍
・ベリリウムにさらされる業務による肺がん
・マゼンタを製造する工程における業務による尿路系腫瘍
⑧ 長期間にわたる長時間の業務その他血管病変等を著しく増悪させる業務による脳出血、くも膜下出血、脳梗塞、高血圧性脳症、心筋梗塞、狭心症、心停止(心臓性突然死を含む。)若しくは解離性大動脈瘤又はこれらの疾病に付随する疾病
⑨ 人の生命にかかわる事故への遭遇その他心理的に過度の負担を与える事象を伴う業務による精神及び行動の障害又はこれに付随する疾病
⑩ ①~⑨に掲げるもののほか、厚生労働大臣の指定する疾病
⑪ その他業務に起因することの明らかな疾病
(注)「⑪ その他業務に起因することの明らかな疾病」については、具体的に列挙されている疾病とは異なり、業務との因果関係を推定することができないことから、労働者側による因果関係の立証が必要である。

【「業務上」の疾病といえるかの判断】

 労働者の疾病が「業務上」のものである(業務と疾病との間に相当因果関係が認められる)といえるかの判断は、労働者が事業主の支配下にある状態において発生した疾病かではなく、事業主の支配下にある状態において有害因子にさらされたことによって発症した疾病と認められるかによって判断する。
○「業務上」の疾病と認められるための要件
 一般的に、次の 3 要件が満たされる場合に、「業務上の」疾病と認められるとされている。
① 労働の場に「有害因子」が存在していること
 有害因子としては、物理的因子(紫外線、赤外線、気圧、熱、騒音など)、化学物質等(石綿、粉じん、低酸素濃度など)、身体に過度の負担のかかる作業、病原体などが考えられる。
② 健康障害を起こしうるほどの有害因子にさらされたこと
 当該健康障害を起こすに足りる有害因子の量、期間にさらされたことが認められなければならない。
③ 発症の経過および病態が医学的にみて妥当であること
 業務上の疾病は、少なくとも有害因子にさらされた後に発症したものでなければならない。
○石綿による疾病の「業務上」認定
 石綿による疾病が「業務上」と認められるかの判断については、厚生労働省より通達(「石綿による疾病の認定基準」)が出されており、同通達の解説として、「石綿による疾病の労災認定」が厚生労働省より公表されている。