第2章 働き方に関する労働法の理解

第3節 就業規則

1.定義

「就業規則」とは、労働者の賃金や労働時間などの労働条件や、職場内の規律などについて定めた職場における規則集である。
我が国においては、個別合意である労働契約では詳細な労働条件は定められず、就業規則によって統一的に労働条件を設定することが広く行われている。

就業規則に関するルール
就業規則に関しては、労働基準法及び労働契約法に、次のようなルールが定められている。
① 就業規則の作成・届出義務
② 就業規則の記載事項
③ 就業規則の作成・変更の際の過半数組合または過半数代表者の意見聴取義務
④ 就業規則の届出に際しての過半数組合または過半数代表者の意見を記した書面の添付義務
⑤ 就業規則の内容は法令や労働協約に反してはならない
⑥ 就業規則の周知

2.就業規則の作成・届出義務

常時10人以上の労働者を使用する使用者は、一定の事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。「行政官庁」は、具体的には労働基準監督署長である。
○ 常時 10 人以上
「常時10人以上」とは、常態として10人以上を使用しているという意味である。繁忙期のみ10人以上使用する場合は該当しないが、一時的に10人未満になることがあっても通常は10人以上を使用していれば該当しうる。
「10人以上」は、企業単位ではなく事業場単位で計算すると解されている。
○ 労働者
「労働者」には、正社員、パート、契約社員などの雇用形態のいかんを問わず当該事業場で使用されている労働者が入る。
ただし、下請労働者、派遣労働者などの使用者を異にする労働者は入らず、また「労働者」に該当しない個人委託業者なども入らない。
就業規則の作成・届出義務の違反は30万円以下の罰金に処せられる。
なお、就業規則の届出義務の違反があっても、それだけで就業規則が無効になるわけではなく、合理的な労働条件が定められている就業規則が労働者に周知されている限り、また変更後の就業規則が労働者に周知され就業規則の変更が合理的なものである限り、就業規則や就業規則の変更は有効であるとされている。

3.就業規則の記載事項

就業規則に記載する内容には、必ず記載しなければならない事項(絶対的必要記載事項)と、当該事業場で定めをする場合に記載しなければならない事項(相対的必要記載事項)がある。
(1)絶対的必要記載事項
① 始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇並びに交替制の場合には就業時転換に関する事項
② 賃金の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
③ 退職に関する事項(解雇の事由を含む。)
(2)相対的必要記載事項
① 退職手当に関する事項
② 臨時の賃金(賞与)、最低賃金額に関する事項
③ 食費、作業用品などの負担に関する事項
④ 安全衛生に関する事項
⑤ 職業訓練に関する事項
⑥ 災害補償、業務外の傷病扶助に関する事項
⑦ 表彰、制裁に関する事項
⑧ その他全労働者に適用される事項
就業規則の記載事項の違反は、30万円以下の罰金に処せられる。
なお、就業規則の記載事項の違反があっても、それだけで就業規則が無効になるわけではなく、合理的な労働条件が定められている就業規則が労働者に周知されている限り、また変更後の就業規則が労働者に周知され就業規則の変更が合理的なものである限り、就業規則や就業規則の変更は有効であるとされている。
この点、就業規則の改正無効が争われたいわゆる「秋北バス事件」において、判例は、「就業規則は、一種の社会的規範としての性質を有するだけでなく、それが合理的な労働条件を定めているものであるかぎり、経営主体と労働者との間の労働条件は、その就業規則によるという事実たる慣習が成立しているものとして、その法的規範性が認められるに至っているものということができる。」とし、就業規則が合理的な労働条件を定めているものであれば、法的規範性を有するとの見解を示した(最判昭43.12.25 秋北バス事件)。
就業規則が法的拘束力を有するためには、その内容が合理的でなければならないという従来の最高裁判例の流れを受けて、さらに判例は、就業規則が法的規範としての性質を有するものとして、拘束力を生ずるためには、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要すると判示している(最判平15.10.10 フジ興産事件)。
これらの最高裁判例を明文化して労働契約法7条は、「労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。」と規定している。

4.就業規則の意見聴取義務

就業規則の作成・変更については、労働者の過半数で組織される労働組合(過半数組合)がある場合は過半数組合、過半数組合がない場合は労働者の過半数を代表する者(過半数代表者)の意見を聴かなければならない。
過半数組合または過半数代表者の意見聴取は、「意見を聴く」ことで足り、協議することや同意を得ることまでは求めていない。
意見聴取義務の違反は、30万円以下の罰金に処せられる。
なお、意見聴取義務違反は、就業規則作成・変更の手続違反であるが、それだけで就業規則が無効になるわけではなく、合理的な労働条件が定められている就業規則が労働者に周知されている限り、また変更後の就業規則が労働者に周知され就業規則の変更が合理的なものである限り、就業規則や就業規則の変更は有効であるとされている。

5.就業規則意見書の添付義務

就業規則の労働基準監督署長への届出に際しては、過半数組合または過半数代表者の意見を記した書面を添付しなければならない。
就業規則の作成・変更にあたっての過半数組合または過半数代表者の意見聴取は「意見を聴く」ことで足りるから、過半数組合または過半数代表者が反対意見を表明したとしても、反対意見を記した書面を添付して労基署長に届け出れば、労働基準法上の手続違反とはならない。

6.過半数組合・過半数代表者

使用者は、就業規則の作成・変更に際して労働者の過半数で組織される労働組合(過半数組合)がある場合は過半数組合、過半数組合がない場合は労働者の過半数を代表する者(過半数代表者)の意見を聴かなければならないだけでなく、変形労働時間・フレックスタイム、休憩時間の一斉付与の例外、時間外労働、時間単位年休、計画年休などの制度を導入するために、過半数組合がある場合は過半数組合、過半数組合がない場合は過半数代表者との書面による協定(労使協定)をしなければならない。
○ 過半数代表者
「過半数代表者」の「過半数」は、管理職・非管理職、短時間労働者、有期契約労働者、アルバイト、嘱託等を含めた労働者全体の過半数を意味する。
したがって、正社員に適用する就業規則の作成・変更でも正社員以外を含む労働者全体の過半数代表者の意見を聴取しなければならないし、短時間労働者に適用する就業規則の作成・変更でも短時間労働者の過半数代表者ではなく労働者全体の過半数代表者の意見を聴取すればよいことになる。
もっとも、パートタイム労働法では、短時間労働者に適用される就業規則については短時間労働者の意見を聴取することが望ましいという見地から、短時間労働者に係る事項の就業規則を作成・変更するときは、短時間労働者の過半数代表者の意見を聴くように「努めるようにするものとする」(努力義務)とされている。

7.就業規則の周知の方法

就業規則は、各作業所の見やすい場所への掲示、備え付け、書面の交付などによって労働者に周知しなければならない。
○ 周知の方法
「周知」は、事業場の従業員の大多数が就業規則の内容を現実に知っているか、知りうる状態にあれば足りると解されており、周知の方法としては、次のものが考えられる。
① 常時各作業場の見やすい場所に掲示する、または備え付ける
② 書面で労働者に交付する
③ 磁気テープ、磁気ディスクその他これらに準ずる物に記録し、かつ、各作業場に労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置する

8.就業規則の周知義務違反の効果

就業規則の周知義務の違反は、30万円以下の罰金に処せられる。
また、就業規則を労働者に周知していないと、就業規則の効力は発生しない。
なお、「合理的」であることと「労働者に周知」していることが就業規則の有効要件であり、記載事項の義務、届出義務、意見聴取義務の違反があっても、それだけで就業規則や就業規則の変更が無効となるわけではないと解されている。

9.減給の制裁

賃金を減額する処分である。
減給の制裁を定める場合は、減給は、1回の額が平均賃金の1日分の半額を超えてはならず、総額が一賃金支払期における賃金の総額の10分の1以下でなければならない。
・ここでいう就業規則は、就業規則一般を指す。法89条に基づくものに限らないので、就業規則の作成義務のない使用者にも「減給の制裁」の規定は適用される。

10.就業規則の最低基準効

○ 最低基準効 「最低基準効」とは、労働契約法 12条により、就業規則の定める労働条件に最低基準としての効力が認められることである。
労働契約法12条は、「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則の定める基準による」と定めている。
就業規則は、労働条件を統一的に設定するものであり、合理的な労働条件が定められていることを要することから、就業規則を下回る労働契約は、その部分については就業規則に定める基準まで引き上げられることとしたのである。
したがって、例えば、就業規則で賞与の支払いが定められている場合に、労働者との間で賞与を支払わないとの個別合意をしても、この合意は無効となる(この効力を「強行的効力」という)。
なお、「その部分については、無効とする」とは、労働契約のその他の部分については有効であるという趣旨である。
また、労働契約法12条は最低基準効について定めるにとどまるので、就業規則で定める基準より有利な労働条件が個別に定められた場合は、当該個別合意は有効である。

11.就業規則の労働契約規律効

「労働契約規律効」とは、①合理的な労働条件が定められている就業規則が、②労働者に周知されていたという要件を満たす場合には、就業規則で定める労働条件が労働契約の内容となるという効力である。
我が国では、個別合意である労働契約では詳細な労働条件を定めず、就業規則によって統一的に労働条件を設定することが広く行われている。そこで、労働契約法7条は、労働契約の成立場面における就業規則と労働契約の関係について、「労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、12条に該当する場合を除き、この限りでない。」と定めている。
なお、労働契約に就業規則の内容と異なる労働条件を定めている場合は、就業規則に定める基準を下回る場合(労働契約法12条に該当する場合)を除き、就業規則ではなく労働契約に定めた労働条件が労働契約の内容となる。
○ 労働契約法7条の適用場面
「労働契約を締結する場合において」と規定されているとおり、労働契約法7条は、労働契約の成立場面について適用される。
したがって、既に労働契約が締結されているが就業規則は存在しない事業場において、新たに就業規則を制定した場合については、法7条は適用されない(合意の原則が適用され、新たに制定した就業規則が労働契約の内容である労働条件の変更にあたる場合は、就業規則による労働契約の内容の変更の要件を満たすことを要する。

12.就業規則が法令・労働協約に反する場合

労働基準法において、就業規則は、法令または労働協約に反してはならないと定められている。就業規則が法令に反してはならないことは当然である。また、労働組合と使用者との間の合意により締結された労働協約は、使用者が一方的に作成する就業規則よりも優位に立つとされている。そこで、労働契約法でも、就業規則が法令または労働協約に反する場合には、当該反する部分の労働条件は、当該法令または労働協約の適用を受ける労働者との間の労働契約の内容とはならないとされている。
○ 労働協約に反する就業規則の効力
労働協約に反する就業規則の労働条件は、労働協約が適用される労働者(労働協約を締結した労働組合の組合員)との関係では、労働契約の内容にはならない(労働協約に反する就業規則部分が、労働協約の適用を受ける労働者との関係では無効となる)。
したがって、就業規則に労働協約に反する部分があるとしても、就業規則が無効となるわけではない。そして、労働協約が適用されない労働者については、就業規則の定める労働条件は労働契約の内容となる。

13.就業規則の変更による労働条件の不利益変更

労働契約の内容である労働条件を変更するためには、原則として、労働者と使用者の合意によらなければならない(合意の原則。労働契約法8条)。なお、就業規則で定める基準に達しない労働条件に変更する合意をしても、その合意は無効である(労働契約法12条。)。
労働条件の変更は合意の原則によるが、我が国では、就業規則によって労働条件を統一的に設定し、労働条件の変更も就業規則の変更によることが広く行われているため、就業規則の変更により自由に労働条件を変更できるとの使用者の誤解があったり、就業規則の変更による労働条件の変更に関する個別労働関係紛争が発生することがある。
そこで、労働契約法9条は、「使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない」と定めて、同法8条の合意の原則が就業規則の変更による労働条件の不利益変更にもあてはまることを確認的に規定している。
したがって、原則として、労働条件を不利益変更するためには、労働者との個別合意が必要である(労働条件の不利益変更における合意の原則)。
その上で、同法10条は、合意の原則の例外として、労働者との個別合意によらず、就業規則の変更によって労働条件を変更できる場合の要件を定めている。

14.就業規則の変更による労働条件の不利益変更の要件

次の要件を満たす場合には、就業規則の変更によって労働条件を不利益変更して労働契約の内容とすることができる(労働契約法10条)。
(1)変更後の就業規則を労働者に周知させる
(2)就業規則の変更が「合理的なものである」
就業規則の変更の「合理性」の判断要素は、「労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものである」ことである(労働契約法10条)。
裁判例は、「賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである」ことを要求している(最判昭63.2.16 大曲市農協事件)。
なお、労働契約法10条は、就業規則の変更による労働条件の変更が労働者の不利益とならない場合には適用されず、また、就業規則に定められている事項であっても労働条件でないものについては適用されないと解されている。

15.不変更の合意

上述した要件を満たす場合には、就業規則の変更によって労働条件を不利益変更できるが、労働契約において、就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分がある場合は、就業規則の変更によっては不利益変更できないとされている(労働契約法10条但書)。
就業規則では特に勤務地が限定されていない場合に労働契約において勤務地を限定する特約をした場合や、就業規則が定める定年を適用しないという特約をしている場合などが、これに該当する。

16.就業規則の変更の手続

就業規則の変更の手続は、労働基準法 89 条、90 条の定めに従う(労働契約法11条)。次の手続きを要する。
①常時 10 人以上の労働者を使用する使用者は、変更後の就業規則を所轄の労働基準監督署長に届け出なければならない(労働基準法89条)。
②就業規則の変更について過半数労働組合等の意見を聴かなければならず(同法90条1項)、①の届出の際に、その意見を記した書面を添付しなければならない(同法90条2項)。
就業規則変更の手続違反に関しては、労働基準監督署長への届出(労働基準法89条)と意見聴取(同法90条1項)の違反については、30万円以下の罰金に処せられる(同法120条)。